KU鉄研OB会

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秋旅報告第2日 - 小林

2026/09/02 (Wed) 13:43:21

まずは関鉄補足。写せた新塗色車は5012ですが、ついで導入の5020形は21➕22と併結使用されていましたが、2両とも広告車化。
さて、第2日は、まず川越街歩き→川越線で臨海高速車→東上線の高坂→西武新宿線狭山〜新狭山間→相模鉄道横浜と回る予定で出発。川越線は南古谷〜川越間の田圃で撮影。背後に高架橋が思っていた以上に目障りながらも朝の順光の中、3本見て2本撮せ、新旧ともget。高坂も大体1時間粘って、それなりに。第一目標の9000系は来ずじまいでしたが、殆ど未撮影に近い50000系も来たし、なななんと90000系新車の試運転も撮影できました。西武新宿線は何処で撮るか迷ったのですが、取り敢えずの気持ちで、狭山市〜新狭山間と決め行ったものの、茶畑に近づく道も立ち入れるのか判らない上、地形が緩やかに盛り上がっていて、さらに架線柱、電柱、防霜ファンはじめ柱モノがやたら多く、空腹やら暑いやらで、撮る気を発揮するにも気力が必要な状態で、要仕切り直しの有様。こんな状態なので南武線に乗った折には小1時間遅れ、相模撮影は不適となり、尻手に着いた頃には4時をまわり、かといって南武支線の時間には半時間近くあり、暑い中待ってられんと、結局、何も出来ずじまいの午後でした。まあ、半日ほどはムダになりましたが、まあ上出来だったと思っています。
別の話ですが、この関東行きの2〜3日前、近江鉄道河辺の森へ半日、撮り鉄に出かけました。西武2000系が4本入線し、全部出揃ってからと待っていたのですが、2本目が走り出して、辛抱し切れず、稲刈り始まる前にと決意。自宅を5時に出れば8時過ぎには河辺の森に着き、10時頃まで、片っ端から来る電車を狙う。一部稲刈りの終わった田圃もありましたが、計6本。この日は、100,300といった流線形が全く来ず、800型ばかりが来て、心配でしたが、最後の2本が運良く、200形の黄色(ドクターガチャコン)とオレンジ(西武2000初期車)で〆ることができました。なお、800形は標準水色が2本、広告車が2本という有様でした。この日は太郎坊で和菓子を買って、早々、帰宅。

秋旅報告初日 - 小林

2026/09/02 (Wed) 12:11:26

今年の秋旅を早めに敢行。行先は関東。クマの出る様な奥地には行かないので次点を念頭に8月24、25日に行きましたが、天気予報も良い方に外れご機嫌の旅でした。①18きっぷ併用②稲刈り前③いよいよ本も動き出しそうなので暇なうちに。23日に出て高崎泊。高崎は良い店を見つけられて無いので、夕食に峠の釜飯を買ったら丼が紙になっていて驚き。翌朝は朝2番で、西山名の田圃へ。水田は満々と水を湛え、畦から落ちないかヒヤヒヤ。8:50頃まで粘ったので収穫豊富。次は上毛で、中央前橋の川沿い。3本見たが、どれも元京王の広告車。これで引返し、上野、取手経由で関東鉄道南石下へ。色づいた一面の水田に、青系ツートン、黄帯の単行dcをイメージ。南石下と三妻間のアグリロードオーバークロスは歩道が北側にしか無く、交通量も多いので、南向きのベストアングルは厳しく、結局、地上からに。一応、2本目にお目当てが来てgoo。3本目の頃には雲もかかり、引き上げ、大宮泊。

追記 - 小林

2026/08/19 (Wed) 14:33:21

そうそう、嘉川でも両線が近づくあたりは、太陽光発電所こそ無いものの、かなり田圃が休耕田になり、アングルに工夫が必要になっている次第。

今夏の北九州行 - 小林

2026/08/19 (Wed) 14:25:49

7月下旬実施の恒例北九州行は次の通り。午後から出かけて小倉泊。鹿児島本線の車種多い処でと、箱崎〜千早の多々良川橋梁と東福間〜東郷のB級2地点で撮影。前者地点はjr越だが、西鉄貝塚線も可。西鉄の方は早くも7050系が複数本就役しておりました。香椎線から乗り入れてくるdencha4連まで粘る気であったが、遅れて断念。415系は1本来たものの、訳あってカメラ片手持ちとなりトホホ。東福間の方は、小川を越える煉瓦のアーチ橋は壁面がすっかり葛に覆われてオヨヨ状態。ここでは、丁度dencha4連とef510銀釜回送が撮影でき、ご満悦。この後、日田彦山線の志井に行くもイマイチで引き上げ、門司港から唐戸に船で渡り下関、長府街歩きの後、下関泊。翌日は田圃の中で123系をと、本山支線の浜河内へ行ったところ、なななんと沿線はすっかり太陽光パネルに覆われて、見るも無惨に。結局、来夏の宿題になりました。次は、115系2扉車を比較的線路近くでも撮っておきたかったので嘉川下車。本線と宇部線双方狙い。結局、本線2本115と宇部線105系2本さつえい。宇部線の1本は復刻色でした。その後、新山口から新幹線、日豊特急乗り継ぎ、中津へ。大分交通のバスで耶馬正宗なる地酒を買いに。ギリギリのトンボ返り。中津では駅構内の土産物屋さんが廃業、諭吉→栄一で観光客減の影響か。帰途、三毛門にも下車してみましたが、あのあたりは、線路の土手に生えた草木の繁茂烈しく、スッキリした絵にならず。例により、小倉新幹線駅構内の立ち食い寿司屋さんで生ビールと握りでお開き。

ホキ - 小林

2026/07/17 (Fri) 11:04:40

先日のon会、京博見学会、楽しい時間、有難うございました。富田さん、正司さん、お世話になりました。さて、当日、話しそびれた話題を少々。南海高野線の6000系はまだ健在です。長編成は標準色、復刻各1本ずつ。2連車は5本ほどあって、他系列車の橋本寄りに併結されます。私は出かける折、空いている橋本寄りに乗るので、よく当たります。泉北車の南海色化ですが、5000系の1fが、このほど南海色化されているのを見ました。2本目の模様。この前の9日に、久しぶりに御坊へ行きました。205がクリームと朱になってから未撮ゆえ。いずれ経営主体が変われば塗色変更もあるかなと。当日は205稼働で幸運。田圃のエリアは虫食い式に減りつつあり、開けた印象の写真は難しくなったかも。

Re: ホキ 渡邉一樹 URL

2026/07/23 (Thu) 21:08:39

小林さん、先日はお疲れ様でした。
 ところで、南海の6000系って、まだ現役で働いているんですか! ビックリです。
 南海の6000系は、大昔のTMSに製作記事が出ていたので、かなり強く印象に残っています。いつ頃の記事だったのか改めて確認してみると1969年の4月号・5月号でした。という事は57年も前だったのですね。

今年の桜 - 小林

2026/04/06 (Mon) 13:29:38

まずは、中古の新しいパソコン購入により、メール不通は解消、昔のアドレスで、連絡可となりました。お知らせしときます。
さて、今年の春旅ですが、行き先企画が二転三転、南東北→四国愛媛から変わり、一昨日、昨日と広島、山口県境辺りへ行って来ました。天候は初日雨、昨日ほぼ晴。撮り鉄は昨日朝のみ。初日は、西条へ「福美人」の酒を買いに行き、午後は雨の宮島。あまり皆さんの来ないエリアで、雨中花見。岩国泊で錦川鉄道の南桑まで行き、錦川ごしに線路沿い法面の桜を縫うdcを撮影。今年は新緑の芽生えも早く、川を跨ぐ斜張橋からも春らしい景色をゲット。2列車撮して引き上げ、柳井へ。柳井の街歩きは今回は割愛、岬巡りの路線バスで上関へ。道の駅は大賑わいでしたが、バスはガラガラ。町並みなどは、開けた感じになり、少し淋しい。早めの夕飯と海鮮の天丼でビールが美味い。

間違い訂正 - 小林

2025/01/12 (Sun) 11:11:14

先ほどの記事
1987.8.27は間違いで、1977.8.27が正
南海のロゴ
確か、間のNが一つ多すぎやったはず

相変わらず、後期高齢者になっても、慌てん坊は、かわりません。

岡臨、泉北続き - 小林

2025/01/12 (Sun) 11:03:05

富田さん、綺麗に撮れてますね。
岡臨は、1984.12.29限りで廃止になりましたが、それに先立つ10月に、紀鉄に譲渡されたらしいですね。RML197寺田裕一氏の「岡山臨港鉄道」に、9/15撮影の同車が同じ姿で、掲載されています。紀鉄では、1985.4.15に同番で竣工。私が見た3/17時点では、社紋だけが変わっていました。次にみた1987.3.19には、既に中2枚窓が1枚化、ドア折戸化(銀地色)、車番がキハ605に変更になっていましたが、まだ褪せた岡臨色のままでした。前面5枚化は、この間2年のあいだのどっかの時点で、一旦、仮改造されたものと思われます。寺田氏が1989.3.30に撮影された写真が、鉄フ645号P113にありますが、晴れて紀鉄色になっています。(ワンマン化などの改造完了は1987.11.11付らしい。)私が、緑のキハ605を撮せたのは、1995.7.13のことで、漸く舞鶴の仕事が落ち着いてきた頃の事でした。
一方、シールドビーム化については、先述のRML197の表紙写真で既に改造済のものが掲載されており、撮影されたのは広田尚敬氏で1976.5.18、まだ旧塗色(1971年と同じ)の時代のことです。(自分も1987.8.27に撮影)
なお、泉北の経緯は、ウィキペディアに詳しく、載っています。今は青帯が淡青、濃青2色塗り→青一色と単調化されているだけですが、何れ南海色になっちゃうのやろうか、一寸、気掛かりです。冬場ですが、沿線を歩いて、〆で撮っておこうと思っています。


岡山臨港鉄道 1003 - 長岡京鉄道/富田

2025/01/08 (Wed) 21:31:04

外国資本による鉄道買収の話はさておき、岡臨1003の話です。これは岡臨晩年の1983.8.26 に大元で撮影したものです。この時も正面は4枚窓で小林さんの言われるように紀鉄で5枚に改造されたようです。いずれにしても紀鉄では1回も営業運転がなかったとか。

新年おめでとうございます。 - 小林

2025/01/08 (Wed) 11:22:47

本年も、宜しく、お願い申し上げます。
橋爪さんのお力添えで、掲示板に復帰できました。
小倉さんからのメール頂いた件、確か泉北高速鉄道も、もう一寸で、外資系の手に渡るところでした。大阪府が大阪府都市開発を身売りに出した時、競合の南海より高値をつけていて、一悶着あり、堺市などの意向で、南海に決着しました。その泉北も今春から南海になり、一抹の寂しさも感じますが、ロハで乗車できる範囲拡大で喜んでいます。早くも、ロゴをNANNKAIと改めたり、泉北のマークを外し、南海のマークにした車両が登場しています。南海はこんな事だけは、手際よいですが、まだ昭和37年製のステンレスカーが元気に走っています。
ところで、昨年9/4投稿の岡臨キハ1003の件ですが、私はS60.3.17に紀伊御坊で撮してますが、4枚窓のままでしたので、紀鉄で5枚化されたと思われます。なお、シールドビーム化は、岡臨時代でもっと昔の事です。

Re: 新年おめでとうございます。 - 鹿部電鉄 小倉

2025/01/08 (Wed) 19:10:46

小林さん
掲示板復帰おめでとう
泉北の話ありがとうございます。
キハ1003の窓の件、引用したSNSの写真の塗色が岡山時代晩年のものだったので、てっきり岡山で改造されたと思っていました。画像をよく見ると右手の車の前にある看板に「日の」「アメリ」と読める文字があることから、「日の岬」「アメリカ村」→紀州鉄道です。したがって小林さんが4枚窓を確認した後で5枚に改造されたものと思われます。
1971年撮影の写真には大型ヘッドライトが写っているので我々が訪問した時は改造前だった可能性があります。よく覚えていません。
http://tsushima-keibendo.a.la9.jp/okayama/okayamarinkoh.html 


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